英語圏のサステナブル・エシカル消費財の市場規模は、日本市場の約10倍にあたる約3,800億ドルであり、2023年から2030年にかけて年平均成長率は約10%と予測されています。
巨大な成長市場である英語圏市場に、進出をお考えの企業さんも多いのではないでしょうか。
でも、越境EC事業は多額の投資が必要なのではないか?成功するのだろうか?と特に中小規模のブランドは躊躇される方が多いように感じます。
越境ECを始めようと決断された方は、まず「越境ECサイトを作って現地提携倉庫を探そう」と思われるのはないでしょうか。
そのために多言語ウェブサイトを作り、現地に在庫を送り、いざ販売を開始しますが、数ヶ月経ってもアクセスがなく売り上げもあまり立たず、越境事業を断念するというパターンがよくあります。
これらは全て、前職でフェアトレード事業の経営者として、私自身もやったことがある、苦い経験です。現地語対応のサイトを作って、SNSインフルエンサー施策をすれば売れるだろうくらいに考えていたのですが、そんなに甘くはないことを身をもって学びました。現地提携倉庫にまとまった数を送ったのに、半年以上、在庫がほとんど動かないこともありましたし、インフルエンサーの方々が取り上げてくれても売上に全然繋がらなかったりもありました。何をどうすれば売れるのか、皆目分からない状態で打つ手がなくなり、その国から撤退したこともありました。これらの手痛い経験から学んだのは、商品や国によっては売れないこともあるので、スモールスタートで始めて、買い手の反応を確かめながら段階的に施策を打っていくことの重要性です。
では、日本の小さなサステナブルブランドが、最小限の投資でスモールスタートで海外市場に参入するにはどうすればいいのか。
その答えが、供給体制を整えるよりも先に「市場開拓すること」です。
なぜなら、「買い手がいること」がビジネスが成り立つ第一条件だからです。当たり前のようですが、商品ありきであることが多い越境ECだからこそ、供給体制を整えることに先に注力しがちです。買い手が確かにいることを確認してから段階的に進出をする、スモールスタートの越境ECをお勧めします。
更に言えば、需要よりも供給が上回っている状態を発売開始「前」に作り出すことを目指したい。行列が行列を呼んだり、人は売れている物が欲しくなるのは、日本人に限らず、人類共通の心理です。
このことに気づいたのは、南アフリカで製品の生産を行っていた時、電力の不安定さや部品の到着スケジュールの遅れなどの理由によって供給が不安定で、数週間、時には数ヶ月間、納品がない時期が断続的に発生した経験からです。若年層失業率が60%を超える南アフリカの雇用をつくるのが事業の目的の一つでもあったので、途上国特有の現地事情は取引先のお客様方に説明をさせていただきました。しかし、「なんとか早められないのか」「少しでも出荷できないのでしょうか」と催促のご連絡をいただくことも多かったですし、事業収入が不安定になるのは非常に大きなストレスでした。
そして、ようやく入荷しても、入荷待ちの間に入っていた予約販売で在庫が捌けてしまい、待ち時間なく販売できる数はごくわずかで、すぐ次の入荷待ちになるという状態が継続しました。
でも、ここで面白いことが起きました。
入荷待ちで何週間もお待たせしたお客様にようやくお届けできた際、そのお客様がSNSで「ようやく手に入った。また入荷待ちになる前に買った方が良いよ!」と投稿してくださり、それが拡散され、更に売れるようになったんです。
そして、数値を見ても、入荷待ちの時期の予約数の方が、通常時の売り上げよりも速いペースで売れる傾向があることが分かり、「需要が供給を上回ること」のビジネスにおける重要性を身をもって理解するに至りました。
では、予算が限られている小規模ブランドが「需要が供給を上回る状態」を越境ECを始める際に実践するには、どうすれば良いのか。
Step1:「顔の見える」英語圏向けSNSを始めます。
最初の時期は「商品を売る」ことよりも、新市場の人達の間に少ない数からでも良いので認知を高めて、定期的な発信を続けることで新参ブランドとしての信頼性を高めることに注力します。小規模ブランドであれば、発売開始の少なくとも3~4ヶ月前から始めて、商品やブランドの紹介をしつつ、潜在顧客となりうる人たちに喜んでもらえたり、役に立つ教育的コンテンツを発信して、交流することに注力します。尚、既存の日本語のSNSアカウントを英語併記にするのは、リーチやエンゲージメントが犠牲になるため、お勧めしません。英語が苦手であれば、日本語音声で英語字幕をつければ大丈夫です。
価格競争に巻き込まれず、オンリーワンの価値として海外の消費者に求められる方法は後述します。
Step2: SNSを運用する傍ら、英語でShopifyなどでECサイト作ります。ただし、掲載する商品は看板商品だけに絞り、「予約受付」状態にします。この時点で現地に在庫を送りません。そして、SNSのプロフィール欄には「○月に限定○○個でテスト発売予定」と書いて、リンク先はECサイトの看板商品の予約ページにします。
昨今、英語圏進出のために最初にECサイトを作らずに、海外クラウドファンディングをする方もいます。これも投資者のリターンを商品にすることになるため、本質的には「商品の予約受付」と同じです。クラファンも最初にECサイト制作が不要な中で需要確認ができたり、プラットフォームの拡散力を使えるという点で有効です。しかし、出品する商品によってはプラットフォームとの相性が悪かったり、目標金額に到達できなかったら手元に残る金額ゼロになるなどのリスクがありますので、慎重に調査をする必要があります。更に、クラウドファンディングのサイトに載ればお客さんが集まるというものではなく、自身でSNSなどを通じて市場開拓をしなければならない点は変わりません。
クラファンのプラットフォームの手数料に8%程度の手数料がかかり、Shopifyであれば月額約1.5万円程度で予約販売用のアプリ込みで運用できるので、商品金額や目標金額によっても、どちらの手法が良いかは変わってきます。
上記の2ステップを通して、投資額は最低限に、「予約受付」で買い手を確保しながら段階的に市場参入が可能になります。
しかし、そこで必ず課題になるのが、Step1でいかに潜在顧客に「認知を広げる」か、そして新参ブランドとして「信頼を得るか」です。特に、今は生成AIによるコンテンツが氾濫する空前絶後の情報洪水時代です、日本のブランドが英語市場で認知を上げて、売り上げを上げるにはSNSをどう使えば良いのか。
このデジタル経済における新たな課題について、グーグルが分析した消費者行動調査をご紹介します。
多くのマーケティングの教科書に載っている「購買ピラミッド」というものがあります(下記図①)。

グーグルのこの調査ではこのピラミッドはこれからのデジタル経済においては当てはまらず、認知から購買までの道のりは超個人的かつ複雑化していると指摘しています。そして、その過程を「中間の混沌(Messy Middle)」と呼び、下記図②のように図解しています。

みなさんもご自身のオンラインショッピング経験を振り返ってみてください。メディアやSNSや広告などで目にして気になった商品やブランドがあったら、多くの方はグーグル、AIツール、SNSで検索したりして調べると思います。調べている内に友人からLINEが入ったりして気が逸れてその商品のことを忘れて中断したりします。そして翌日、その事を調べていたことを思い出して、やっぱり欲しくなり、次はアマゾンや楽天などでレビューを見たり、価格比較サイトなどを見ている内に、別のブランドの同じような商品に購入を決めたりします。
このように、店舗での購入が多かったり、オンラインでの情報源が限定的だった時代と比べて、今の時代は認知から購買に至る過程が直線的ではなくなり、これからは、消費者がこのデジタル情報の海を自由に泳ぐ中で、いかに自分の商品についての良質な情報を見つけやすくするか、その情報の量と質が勝負の時代となります。
では、どのような情報が「良質」と言えるのか。
その一つの答えが、ブランド代表者や従業員個人による発信活動です。マーケティング用語で言う「パーソナルブランディング」になります。
アメリカでは、このような調査があります(出典)。
- 67%が「創業者のパーソナルブランドが自分の価値観と一致している場合、その企業の商品やサービスにより多く支払ってもよい」と考える
- 74%が「確立されたパーソナルブランドを持つ人物をより信頼する傾向がある」と答えている
- 82%が「経営者に知られていて信頼されているパーソナルブランドがある場合、その企業はより影響力がある」と回答
このように、パーソナルブランディングは購入意欲の向上、信頼の獲得など、ビジネスの成長、殊に高い信頼性が重要視されるオンラインショッピングにおいては、欠かせない要素であることが明らかです。
大切なのは、顔の見える生身の人間が自然体で、商品ブランドやその顧客が関心があるであろうテーマについて、有益な情報を提供しているコンテンツであることです。AI生成コンテンツが氾濫するこのデジタル経済時代に、生身の人間の顔・声・文章による自然体の発信は、それだけで大量の”雑音”に埋もれない第一条件になりつつあります。AI生成のコンテンツはまだネイティブならば分かる不自然さがありますし、加工し過ぎたインスタグラムの写真にも、多くの視聴者は飽き飽きしています。顔を見せるので、新参ブランドとして手っ取り早くブランドの信頼性を上げられる手段でもあります。
<まとめ>
- 【越境ECで失敗する典型的パターン】
- 現地語対応サイト・倉庫確保優先
- 商品供給優先で、市場開拓を後回し
- 「販売体制を作ったら売れる」幻想
- 【成功のために重要なポイント】
- 市場開拓(需要確認)を優先する
- 需要が供給を超える状況を作り出す仕掛け(事前のSNS告知と予約販売)
- ブランドの代表者や従業員によるパーソナルブランディング
上記のより具体的な内容については、こちらの動画をご覧ください。